スパイス
スパイスは、植物から採取されるもので、調味料としてもちいられるものです。料理の味・香り付けや、臭い消し、また、食品の保存など様々な用途で用いられます。
スパイスとハーブ
代表的なハーブである、ローズマリーやローリエは、スパイスであったりもします。関係を整理すると、ハーブには、スパイスとして使われるものと薬用に使われるものとがある、ということで良さそうです。つまり、ハーブのほうがより広い範囲を指しているといえます。
漢方薬も、ハーブと同様、香辛料としても使われるものがありますが、それがスパイスであるのか、それとも漢方薬であるのかは、その時の使用意図によって決まります。漢方薬がスパイスとして使用された場合には「薬味」と呼ばれることになります。また、ヨーロッパにおいても、18世紀ころまでは食料品店が薬局を兼ねており、スパイスやハーブは薬品としても用いられていました。胡椒が疫病よけとして用いられたことなどが知られています。食用と薬用というのは、比較的あたらしい分類で、スパイスもハーブもあまり変わらないのかもしれません。
;全日本スパイス協会では、食用に用いられる芳香性、刺激性を持った植物が香辛料、香辛料のうち茎と葉と花を用いるものがハーブ、それ以外の部位を用いるものがスパイスであるとしています。定義としてはすっきりしますが、スパイス=香辛料として言葉が使用されることが多いことを考えると、少し混同しそうではあります。また、このハーブについての定義は、それが薬味であるのか野菜であるのかという区分との関係で少しややこしくなってしまいそうで心配ではあります。
主なスパイス
今までにどのような植物がスパイスとして利用されてきているのでしょうか。『スパイスが変えた世界史』では、主要なスパイスとして、コショウ、シナモン、ナツメグ、クローブ、ショウガを挙げています。
コショウ
代表的なスパイスで、ヨーロッパでも紀元前4世紀ごろにはすでに使用されていた記録があります。白コショウと黒コショウとがありますが、これらは製法の違いによるもので、同一の植物から作られるものです。一般に、ヨーロッパでは黒コショウが、中国では白コショウが多く用いられています。
風味付けだけではなく薬用としての利用も盛んであったため、かなり需要は高かっと思われますが、高温多湿な環境でなければ育たないなど、栽培が難しく、常に供給が少ない状態であったようです。
また、大航海時代を経て、ヨーロッパへの供給が増大した後でも、紛争等により一時的に品薄になることもあったようです。そのためか、コショウと類似した風味を持つスパイスが「○○コショウ(●●pepper)」と呼ばれ、代替的に利用されています。ギニア・コショウやナガコショウ、ヒハツやマラゲットといったスパイスが胡椒の代わりに用いられたものとして挙げられます。また、トウガラシも、red pepperであり、コショウの代替的な性格を持っていたと考えられます。日本においても、青唐辛子を用いた調味料が「柚子胡椒」であったり、また、葉唐辛子を「木胡椒」とも呼ぶなど、胡椒と唐辛子はその指示対象があいまいであったりするなど、トウガラシが当初は胡椒の一種としてもたらされていたことを伺わせます。
ショウガ
ショウガは中国からヨーロッパにもたらされたとされていますが、やはり熱帯地方が原産です。しかし、アジアでの流通はかなり早く、日本にも2世紀ごろには伝わっていたようです。他のスパイスが普及する以前から用いられていたため、中国では古い時代ほど利用される頻度は多かったようです。特に、野菜料理などではショウガはあまり用いられなくなってきているようです。
主なスパイスの利用
インド
一概にインドといってしまうのは乱暴なのでしょうが、まずインドでのスパイスの利用についてです。
現在のインド料理では、以下のようなスパイスが用いられています。
- クミン
- カルダモン
- ターメリック
- コリアンダー
- 唐辛子
- 胡椒
- ヒング
- アジョワンシード
- マスタード
- ミント
- しょうが
- にんにく
- ベイリーフ(ローレル)
- クローブ
- シナモン
- ポピーシード
- ナツメグ
- カロンジー
- フェヌグリーク
- フェンネル
- アムチュール(マンゴー)
- サフラン
- レモングラス
これらのスパイスは、原産地は東アジア〜南米まで、様々に異なっています。特のに南米原産のトウガラシなどは、1500年以降にインドに伝わったと考えられますが、それでもすでにインドに根付いているようです。香りや味への嗜好は、習慣の影響を大きく受けますが、そのために、習慣の違いを超えて一度受け入れられたスパイスは食生活において欠かせないものとなっていくようです。
インドからははずれますが、『ジャガイモのきた道』によれば、ネパールのチベットとの国境地帯の山岳部では、料理の味付けには塩と唐辛子がほとんどであるとされています。熱帯が原産ではあるものの多くの気候帯で栽培できる唐辛子が生活に欠かせないものとなっていることが伺えます。
中国
中国も、スパイスの使用の変遷が多く、また、その地域性があるようです。拾えるままに列挙しておきたいとおもいます。
神仙の食事
神仙伝などに伝わる仙人は、それぞれに様々な食事を好んだことが記述されています。その内容は、木の根や雲母など様々ですが、各種のスパイスもまた神仙の食事に登場します。例えば、桂父という仙人は肉桂を好んだとされています。スパイスが希少なものであったために人々の日常食とは離れたものであったこと、また、西洋と同様に薬品として用いられていてことを伺わせます。
胡食と胡椒
漢代末ころには、胡食と呼ばれる料理が多く流入してきていたようです。胡食とは、エスニックな食事といったようなものと考えられ、羊などを、胡椒や生姜を用いて調理されていました。胡椒は現代の中国料理では日常的に、盛んに用いられる香辛料ですが、中国で用いられるようになった当初は、胡食においてのみであったようです。胡椒と同様に「胡」の字を当てられているものは、もともと中国においてエスニックなものであったと考えられ、例えば「胡座(あぐ胡座(あぐら)は、珍しい座り方であったことがわかります。胡椒は、山椒に似ているけれど外国から入ってきた馴染みのないものであったと言えるでしょう。同様に「胡」の字が用いられるスパイスには、胡荽(コエンドロ;コリアンダー)があります。これも、外国からもたらされた芹であったことを示しています。
また、胡椒と同じころ、同様に用いられていたスパイスに、ヒハツというものがありました。ヒハツはコショウ科の植物で、風味も胡椒と良く似ていますが、あまり流通していません。産地(インド地方)から遠い地域では、胡椒とヒハツが同じものとして扱われた結果、「胡椒」が求められていったのかもしれません。
中国での胡椒の使用は徐々に増えていったようで、マルコ・ポーロの記述によると、元代では、杭州に輸入される胡椒の量は年間でおよそ1000トンほどであったとされています。これは、同時代にヨーロッパへと運ばれる胡椒よりもはるかに多い量でした。
中国で胡椒の使用が大きく増えたのは1200年ごろ、宋の時代であったようです。ただし、清代の料理書である随園食単では、胡椒は羊肉の場合に限り多く使用されています。使用料が増えたとはいえ、それは、胡椒を使用する料理が流入し、多く食べられるようになった結果であるといえるかもしれません。
ニンニク、チンピも、胡食での使用から、一般的な食事にも流用されるようになっていったようです。
五辛
五辛とは、味や匂いを食事に加えるために用いられる葷辛類(スパイス)の代表的なものです。時代によって異なる部分もあるようですが、基本的には、以下の五種類のことを指します。
- ねぎ
- にんにく
- らっきょう
- しょうが
- にら
宋代・鮓
鯉のなれ鮓の作り方を記した中に、以下のスパイスを使用するという記述があります。
- 川椒(山椒)
- 馬芹(クミン)
- 蕪荑
- 阿魏(ヒング)
- 橘葉
このうち、蕪荑は楡、阿魏はセリ科の植物で、イラン・アフガニスタン地方原産とのことです。
随園食単
随園食単は清の時代の本ですが、「調味料を知ること」として、『葱、山椒、生姜、肉桂、砂糖、塩は使用は多くないが、しかしいずれも上等の品を選択するがよろしい』と記述されています。葱、山椒、生姜、肉桂が比較的多くの料理に用いられる一般的な香辛料であったと言えるでしょう。また、先に挙げた五辛が多くの料理に用いられていたこと、胡椒が羊料理に限り多用されていたことや、料理によって茴香や陳皮、鷹爪などが用いられていたことが分かります。
日本
日本で古くから用いられてきたスパイスとしては、山椒、芹、たで、しょうが、などがあげられます。その中で生姜は「呉はじかみ」とも呼ばれていたことから、呉の国より多くもたらされていたことがうかがわれ、2〜3世紀ごろには多く流入していたと考えられます。
室町後期〜江戸初期ころの寺院で用いられていた食材の記録には、朝倉山椒、芥子、クチナシ、山椒、生姜、陳皮、はしかみ、柚皮、柚干などが記載されています。
また、胡椒、唐辛子なども適宜取り入れられてきたようです。胡椒については、奈良時代に始めてもたらされ、正倉院に152粒の胡椒が保存されています(種々薬帳)。種々薬帳には、他に、桂心(肉桂)、ヒハツの記載もあります。これらのスパイスは、「薬帳」に記載されているものであり、薬として使用された薬味であったことが伺われます。
ただし、コショウの利用はあまり盛んではなく、1960年ごろでは、日本の一人あたりのコショウの消費量は、アメリカの3%ほどでした。これは、胡椒が主に用いられる肉料理があまり盛んでなかったことが主要な原因と考えられます。
辻嘉一氏は、「薬味の用い方」として、以下のものについて言及をしています。柚子・葱・木の芽・山椒・はじかみ(芽生姜)・わさび・胡椒・七味・土生姜・茗荷。例えば、胡椒については、「祝の粉」と呼ばれ、主に魚介のすまし汁に良いとされています。また、サバの骨を用いた「船場汁」でも、胡椒を多く用います。
香辛料は、時期によっては避けるべきとも考えられていたようです。スパイス自体が強い香り、作用を持つためという理由以外に、特定の食べ物と組み合わせられる存在であり、特定のスパイスを食べないようにすることで食べ物に注意させることを意図していた可能性もあります。
七味唐辛子
芥子、陳皮、胡麻、山椒、麻の実、紫蘇、青のり、しょうが、なたねなどを唐辛子にあわせたもの。江戸薬研掘のからしや徳右衛門がはじめたとされています。その後、信州や京都でも作られるようになり、主にその地方ごとに蕎麦やうどんなどに合うように作られているため、少しずつ「七味」とされる香辛料に違いがあるようになりました。唐辛子が胡椒のかわりに、汁物に合わせて用いられるようになったのですが、唐辛子単体ではやや刺激が強かったために他の香辛料と合わせて用いられるようになったようです。 七味唐辛子
ヨーロッパ
ヨーロッパは主に、スパイスの消費地であったと言えるでしょう。コショウやシナモンなど、先に挙げた代表的とされたスパイスは、そのまま、古くからヨーロッパに輸入されていたスパイスと重なります。
ヨーロッパでは、あまり多くの種類のスパイスを栽培することができず、スパイスは貴重なものとして扱われてきました。特に、胡椒はその象徴であったといえるでしょう。古代ローマで書かれた小説の『サテュリコン』において、豊かな生活をしていることを表す記述として、「羊毛、レモン、胡椒を自分のところで作ることが出来た」というものがあります。胡椒が代表的なスパイスであったこと、また、貴重品であったことがわかります。
ヨーロッパでスパイスが多く用いられたのは、保存食品と薬用でした。冬に新鮮な食料が手に入りにくい地域では、牧草なども無くなるために家畜の処理を冬の前に行い、肉を長期保存する必要があり、そのためにスパイスが用いられていました。また、中世に多くの疫病が流行したことで、薬品としてのスパイスの需要も高まりました。