七味唐辛子


七味唐辛子

唐辛子を含む7種の香辛料を調合したものが七味唐辛子と呼ばれます。江戸時代に、薬研掘で、「からしや徳右衛門」という人物が作りはじめたのが始まりとされています。ただし、「からしや徳右衛門」は、『七色唐辛子』という名称で発売していました。

七味唐辛子の起こり

前述のとおり、七味唐辛子は江戸時代に薬研掘で作られたのが最初ですが、唐辛子が日本に持ち込まれたのが室町時代後期の南蛮船によってですので、比較的短期間で作られています。

唐辛子は、ヨーロッパなど多くの地域で、生産が難しく入手が困難である胡椒の代わりに用いられることで普及してきました。日本においても同様と考えられます。胡椒は8世紀ごろには日本に伝えられていたようですが、やはり日本では栽培できないため、多く用いられてはいませんでした。日本での胡椒の用い方ですが、吸い口(吸い物に使われる香りのあるもの)としての使用がほとんどであったようです。特に、船場汁ど魚の骨を使った吸い物に用いられていました。

唐辛子は日本でも生産が可能であったため、胡椒に代わり吸い口などに用いられていたのですが、風味が強すぎたために、他の香辛料と合わせて用いられるようになり、それをあらかじめ調合しておいたものが七味唐辛子になったと考えられます。

七味唐辛子の地域性

七味唐辛子が最初に作られた薬研掘は、医者が多く在住する地域でした。そのために、漢方薬として多くの薬味が入手しやすい場所にあったことが、薬研掘での七味唐辛子の製造を可能にした要因と考えられます。また、薬研掘は多くの観光・行楽客が集まる浅草に近く、土産物として多くの地域に広まっていったようです。

薬研掘同様に古くから七味唐辛子が製造/販売されてきた場所としては、長野の善光寺門前、京都の清水寺門前があり、どちらも多くの参拝客が訪れる寺院の門前です。当時、多くの薬が土産物としても販売されていたことと合わせて考えると、七味唐辛子が土産物として重宝されていたこと、七味唐辛子が「薬味」として用いられていたことを伺わせます。

これらの3つの地域では、七味における唐辛子の割合や、七味に含まれる香辛料がそれぞれ異なっています。これは、吸い口として発展してきたことに由来し、地域ごとに異なる汁の味にもっとも調和するように作られてきたためと考えられます。


日本三大七味

先に挙げた江戸、京都、長野の3つの地域で古くから作られている以下の3つを日本三大七味と呼ぶこともあるようです。

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